連載企画 総合的品質管理(TQM)と改善(2)
はじめに
令和6年度メルマガ委員としての筆者投稿記事が7月と8月に配信されています。カイゼンを中心に、JICA専門家としての経験談をご紹介しています。メルマガの記事もご覧いただければ幸いです。会報4回連載記事の第1回目は、日本型総合的品質管理(TQM)を概観しました。本稿では、さらに深掘りしていきます。
生成AI活用によるTQMの再構築
1990年代初頭にバブル経済が崩壊した後、2021年までの約30年間、日本経済は低成長とデフレに苦しみました。この間、中国が台頭するなどグローバル競争が激化する一方、日本企業は競争力を失っていき、日本経済は「失われた30年」と言われる状況にありました。2024年には、円安が異常に進行したこともあり、GDPでドイツに追い越され、日本は世界第4位に転落、2026年にはインドに追い越されるとの予測が出ています。
TQMは、高度経済成長期に時流に乗り、企業活動、ひいては日本経済を牽引してきましたが、昨今、TQMという言葉を耳にすることが無くなりました。他方、2022年11月より生成AI ChatGPTが無料でリリースされ、その後現在に至るまで技術的成熟度が加速し、実用的な活用レベルが大幅に向上しています。これからも進化のスピードはさらに速まり、生成AIは多くの産業や日常生活により大きな影響を与えていくと考えられます。
生成AIの急速な進展で過去とは全く異なる時代を迎えつつあることから、TQMが企業活動においてどのように貢献し続けていけるかと危惧しています。日本は、成熟経済社会にありますが、今後とも、TQMが中心課題としてきた顧客中心主義、即ち顧客満足を最大化する方法論として、また継続的改善と従業員の全員参加を基軸として、TQMが企業組織を動かしていくエンジンとなり機能し続けることを願っています。
そのためには、TQM方法論を組み立てなおす必要があろうかと思われます。逆説的になりますが、生成AIの支援によって、TQM方法論をどのように再構築し、新しい時代の企業組織のエンジンとして機能させ続けるかを検討する必要があるのではと考えています。ポイントは、TQM手法のコアである、顧客中心主義(顧客満足度最大化)、継続的な改善(カイゼン)と経営への従業員全員参加の質とレベルを、生成AIを活用することにより更なる高みに引き上げていくことができればと願っています。
PDCAについて想う
最近、新聞などで新刊図書のタイトルとしてPDCAを付したものをよく見かけます。PDCAは、まさにTQMの中核的メソドロジーです。筆者がJICA専門家として海外での指導を開始した2000年当時に使用していたPDCAサイクルのPPT資料をここに再現します。
図2-1のStandardとは、「標準」を指します。PDCAサイクルを回しつつ、ある一定の効果を確認できれば、その状態を標準として歯止めをかけます。この標準を全員が遵守し更なるカイゼンを進めることで、図の通り活動レベルが坂道を登るように、標準レベルが高くなっていくことを表しています。
2000年当時、海外では「計画、実施、チェックまではするが、是正処置・予防処置(アクト)が不十分であり、最悪の場合、計画をすると『ひと仕事』が済んだとして、そのあとはズサンになるケースが多い」と言われていました。組織のトップが計画を設定するものの、実施以降が労働者任せであることが原因と考えられていました。
ご承知の通り、PDCAはサイクルを描きながら、ビジネス・プロセス、ビジネス環境などを高度化していきます。PDCAは「改善の継続」を本質としているため、企業が持続可能な発展を追求する際に欠かせないアプローチと思っています。従い、PDCAは、そのプロセスを体系的かつ循環的に行える仕組みとして機能し、資源の最適化や環境への配慮、長期的な成長を支援する手法と言えます。
例えば、国連の持続可能な発展目標(SDGs)17の中で、PDCAサイクルと相性が良い目標がいくつか挙げられます。「目標6: 安全な水とトイレ。目標7: クリーンエネルギー。目標8: 働きがいと経済成長。目標9: 産業と技術革新。目標11: 住み続けられる都市。目標12: 責任ある生産と消費。目標13: 気候変動対策。」で、これらの目標達成には、「継続的な改善とモニタリング」が不可欠であり、PDCAサイクルを効果的に活用できる領域と思われます。
特に深い関連があるのは、当然と言えますが、『目標9:産業と技術革新の基盤を作ろう』です。企業はPDCAサイクルを活用して技術革新やインフラ整備のプロセスを継続的に見直し、最適化することで、持続可能な成長を支えています。これにより、競争力の強化と同時に、環境への配慮が進むと考えられます。
ところで、PDCAと並んでSDCAが説明されることがあります。図2-2をご覧ください。SDCAのSは、Standardize(標準化する)を表し、水平に横線が伸びているのは標準化が定着するまでの期間を示しています。標準化が定着すれば、PDCAで更なる高みへとカイゼンを進める状態を斜線が表しています。PDCAでカイゼンを繰り返しつつ斜線を上るという次第です。
計画は方針管理で展開
計画では、定性的でなく、定量的に目標を設定することが重視されます。目標をスマート(SMART)に設定することになります。SMARTを下図の右側に拡大しました。勿論、目標は、現状とあるべき姿(ideal situation)とのGap(問題点)を解消することを目指します。
筆者は、2000年以来、図2-3のSMARTを使っていましたが、一般的な使われ方とは異なるようです。つまり、一般的には、「S: Specific (具体的な)、 A: Achievable (達成可能な)、 R: Relevant (関連性がある)、 T: Time-bound (期限付きの)」です。筆者の場合、「S:科学的、A:攻撃的な、R:現実的な、T:タイムリーな」です。Measurableは、測定可能なこと、即ち定量的目標を設定することを強調しています。
方針管理と日常管理
TQMでは、組織のトップが、全社組織の目標を方針管理(Policy Management)の一環として発表します。改善との関係でみると、方針管理は、IT技術を駆使するBig Kaizenを取り扱うことになります。日常管理(Daily Management)は、中間管理職とスタッフが担い、カイゼン(Small Kaizen)を推進することになります。各部・課の本来の仕事で、先輩社員から連綿とつながる仕事のやり方(標準)を、これでよいのか、他に方法はないのかと自問自答しながら点検していくことになります。
つまり、方針管理は全社的な戦略やビジョンに基づき、長期的な目標を達成するための大きな変革を推進する一方、日常管理は、現場での継続的な改善活動を通じて、日々のオペレーションの効率化や品質向上に焦点を当てます。この両者が密接に連携することで組織全体のパフォーマンスが向上します。
図2-4は、問題を解決するSmall KaizenとBig Kaizenを示しています。現在、まさに人工知能(生成AI)で、「パラダイム・シフト」が引き起こされています。思考方法、ものの見方が変わり、新しい視野・視点で物事に対処するべき時代に突入しています。従い、方針管理、日常管理の仕方も変化しなければならなくなりました。また、ビジネス・プロセスの再構築が必要となります。
筆者の会報8月配信記事の「図1-3」をご覧ください。トップダウン活動は方針管理、方針展開(Policy Deployment)とトップマネジメント診断(Top Management Diagnosis)で構成されますが、方針管理は、トップが方針を設定し、それを全社方針として組織メンバー全員に認知させるべく、トップの方針をブレークダウンして部門単位、課単位の方針(目標+対策)に変換していきます。
ここで重要なのは、方針は、目標と共に方策がセットで示されることになります。即ち、方針は、ビジネス・プランを達成するための方向性や指針であり、目標(ObjectiveまたはTarget)と対策(CountermeasuresまたはMeans)から成ります。図示すると図2-5の通りです。
念のため、図2-5の注釈をします。Play Catchは、キャッチボールのことで、二者間で相互に調整することです。ここでは、Objectiveの代わりにTargetを使い、Countermeasuresの代わりにMeansを使っています。このキャッチボールでコミュニケーションが行われます。
同図は、社長から出された方針をどのように管理職にブレークダウンするかを概念的に示しています。課長からは、各スタッフへの方針として、目標と対策が提示されます。それぞれの間でキャッチボール、即ち、相互に調整(コミュニケーション)がなされます。
お分かりの通り、上司の対策が部下の目標となります。部下は、その目標を達成するために対策を考えるという連鎖となります。鉄鋼会社に勤務していた若い頃、このようになっているのだと明確に認識していませんでした。TQMを知る機会を得て、確固たる認識ができました。
筆者が鉄鋼会社に入社した当時、毎年、社長の年始の挨拶があり、その年の各部門別の目標と対策案が発表されていました。東京本社の全取締役、全ての管理職、管理補佐職、スタッフが一堂に会し、社長の発表する年度方針を聞いたものです。勿論、書面にしたものが配布されますが、年頭の辞を身の引き締まる思いで聞くのも儀式として大事なことだったのでしょう。それが、いつの間にか、各自の机に座ったまま、スピーカーから流れる音声を聞くだけになりました。
念のために再度、「方針-目標-対策」の関係を下に図示します。図2-6は、目標が1個で対策が3個ある場合の方針を示しています。トップは、このようにして、年度目標とその対策(目標をどのように達成するか)を示すことになります。
Flag System
「方針―目標―対策」の関係(図2-6)がトップから従業員各個人まで連綿と続き、旗が並んでいるように見えることから、方針展開をFlag System (旗方式)と呼びます。図2-7も参照ください。なお、筆者は、方針展開を方針管理実行フェーズの一環として位置づけています。
以前、ある小規模企業の社長からどのように目標(予算)を策定して、どのように実行するかが分からないとの相談を受けたことがあります。小規模企業であれば、会社の年度予算額は、「損益分岐点分析」の公式を活用して検討すればよいと思いますが、目標をどのように展開するかを図で例示します。図2-7は、概念的に図示したもので、上層部から下部へと方針(目標・方策)が連鎖しています。これを方針展開と呼称します。図2-7は、上から下に展開されていますが、これを横向きにすると、吹き流しのように旗がはためいているように見えます。
これまで見てきたように、TQMにおける方針展開は、組織のトップマネジメントが定めた方針(目標+方策)を、組織全体に展開し、各部門や従業員の具体的なアクションにまで落とし込むプロセスです。これにより、全員が同じ方向性を持って行動し、目標達成に向けたPDCAサイクルが円滑に機能します。重要なポイントは、目標と方策(手段)が階層的に明確化され、各レベルでの役割と責任が統一されていることです。
TQMの基本概念とバランス・スコアカード(BSC)
TQMでは、方針展開を包含する方針管理が重要なコンセプトにつきページを割きました。方針管理は、米国のカプラン氏とノートン氏が提唱した「バランス・スコアカード」(BSC)の理念・方法論に影響を与えたと確信しています。海外で、私はバランス・スコアカード講座教材の最初のページに次のスライドを使い、講義を開始していました。図2-8をご覧ください。
参考までに、図2-8を和訳します。
マネジメント・システムとしてのバランス・スコアカード
もしあなたの会社がすでにTQMを採用しているなら、バランス・スコアカード・アプローチを効果的に活用できる、より高度に調整された包括的な管理システムを確立することが容易になります。このセミナーでは、まずTQMの基本概念である「方針管理」について解説します。その後、バランス・スコアカードの事例を見て、バランス・スコアカードを使い、あなたの組織のビジネス・プランを作成します。
本稿の最後に、「方針管理」を包括的、概念的な定義としてまとめて、BSCと比較したいと思います。以下の通りです。
方針管理とは、企業全体の方針に基づいて、目標とそれを実現するための方策を各部門・各従業員レベルで設定するとともに、その実現のための具体的な行動計画を策定・実行するための管理手法です。このプロセスにおいて組織全員の協力(全員参加)とコミュニケーションを重視し、PDCAサイクルを用いて継続的な改善を図り、最終的には顧客満足を最大化することを目指すものである。図示すれば、図2-9となります。
他方、BSCは4つの視点(財務、顧客、内部プロセス、学習と成長)につき「戦略的目標」を設定し、その目標ごとに「CSF(重要成功要因)」として施策を設け、戦略的目標の達成度を業績として測定するための「業績指標(Performance Measure)」とその指標を達成するべき「目標値(Target)」を使うフレームワークです。この業績指標として「KPI(重要業績指標)」を使うと明示的には規定されていませんが、KPIを設定して評価することが一般的であると考えています。
CSFは各視点で重要な施策を選定しますが、これは方針管理でいう「対策」に相当します。業績指標(Performance Measure)は、施策の進捗や効果を測る指標で、Target(達成目標)は、業績指標で達成すべき目標値という位置づけです。戦略的目標は、方針管理の目標に相当しますが、方針管理の目標は全社的な目的を含み、その範囲はより広範で柔軟です。図2-10を参照ください。
BSCは4つの視点(Perspectives)をバランスよく評価することで、組織全体のパフォーマンスを総合的に把握するツールと言えます。TQMの方針管理は、BSCのように特定の視点やプロセスを明示的に指定していません。TQMの方針管理は、企業全体を包括するアプローチで、どのプロセスに重点を置くかは、その企業の状況や方針によって柔軟に決定されることになります。
JICA専門家の活動を開始した2000年当時、筆者がBSCに初めて出会ったとき、BSCは、TQMの考え方を論理的にメソドロジーとして体系化して展開しているではないかと感服したものです。BSCが業績評価に重点を置いているように感じたものの、いずれにせよ、BSCは業績評価を基にした戦略実行の管理ツールと断言できます。
次号にても、TQMについて論じる予定です。
追記:本号(No.120)に掲載した図は、前号と同じく、筆者のパワーポイント(PPT)教材からの抜粋です(図2-9は英語版から日本語に翻訳)。
【玉井 政彦】
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