
連載企画 総合的品質管理(TQM)と改善(4)
はじめに
令和6年度の会報委員としての筆者の記事が昨年8月、10月と今年の1月に配信されています。今回が最終の配信となります。カイゼンを中心に論じます。
カイゼン定義のレビュー
カイゼンの定義は、筆者のメルマガ2024年7月配信<JICA専門家としての体験談(その2)>でもご覧いただけますが、筆者が海外で使用してきたPPT資料のスライドを使い、レビューします。図4-1をご覧ください。

念のために翻訳を付けます。「<定義>カイゼンとは、多額の投資をせずに現状を改善し、より良い状況を得るための小さくても継続的な活動である。」「カイゼンは、汎用性があり、業種、規模、提供される製造物・サービスに関わらず、全ての組織体に活用が可能である。」「カイゼンは、いろいろな問題を解決する方法論、且つ対策であり、その目的は製造品・サービスを改善するのみならず、組織体の能力、生産性、顧客満足、ひいては従業員満足を向上させるものである。」
定義はさておき、どのようにカイゼンを組織(企業)内に普及させ、維持していくかがポイントになります。海外では、JICA専門家が指導してうまく軌道に乗せたと思っても、専門家が帰国するとカイゼン活動がとん挫、最終的には消滅するとよく聞きましたが、筆者自身も経験しています。しかし、「カイゼンのものの考え方」、即ち「カイゼン・マインド」はカイゼン活動を経験した人々の心の中に浸透していて、日常の仕事を進める上で役立っているものと確信しています。
更にレビューを続けます。改善には、Small KaizenとBig Kaizenがあり、前者をKaizen(カイゼン)と呼び、後者はイノベーションを指すと、筆者は定義しました。図4-2がそれを概念化しています。
図4-2は、比較的新しく改訂したスライドで、人工知能の実用化が言われ始めてそれほど時間がたっていない2015年頃だったと思います。イノベーションの中にArtificial Intelligence(人工知能)を含めています。ChatGPTが無償で使えるようになったのは、OpenAI社が2022年12月に発表してからですから、既に2年以上が経ちました。

筆者は、診断協会メルマガの2024年8月配信記事で、ChatGPTがカイゼンについて、どのように考えているかをご紹介しました。当時、ChatGPTは、「Small Kaizen と Big Kaizen は補完的な関係にあり、両者が共存することで最大の効果を発揮します。人間の創造力と経験に基づく継続的な改善活動は、AIやIoTと協力して、より高いレベルの改善を実現するでしょう。」と回答してくれました。
カイゼン活動普及の支援
それでは、Small Kaizen、即ち「カイゼン」をどのように進めていくかを論じますが、ここではサウジアラビアでの「カイゼン普及」JICAプロジェクトで、筆者がJICA専門家として、どのようなことをしたかをご紹介したいと思います。
プロジェクトの方針は、カイゼン活動を二つの機関(SASOとKFMC)に普及させる基盤を構築することで、目標はカイゼン・トライアル活動を成功させること、方策には次の6項目を掲げました。即ち、6項目の方策を達成すれば、カイゼン・トライアル活動は成功し、ひいては、SASO(サウジアラビア標準化公団)とKFMC(ファハド国王記念病院:1,200床)にカイゼン活動の基盤が構築されるという構想でした。
① カイゼン活動開始宣言(SASO/KFMCトップ・マネジメント)
② カイゼン運営委員会(中核組織として、カイゼン活動展開の支持基盤)
③ カイゼン導入研修(カイゼン活動展開の基本的知識をスタッフの身に着けさせる)
④ カイゼンQC7ステップ研修(小集団活動促進技法を身に着けさせる)
⑤ 小集団活動展開(グループ・リーダーの育成に注力)
⑥ カイゼン提案活動展開(個人ベースのアイデアを具現化する)
筆者のメルマガ配信記事(2024年8月)で、カイゼン普及の重要成功要因(CSF)の第一番目に「トップマネジメントの改善への強いコミットメント」を掲げていましたが、このコミットが無ければカイゼンは頓挫への道を歩むと思っています。方針管理でのカイゼンは、任務としての本来の業務に特別に付加されたものであり、優先順位が後回しになる可能性があるからです。従い、トップマネジメント診断で徹底的にカイゼン活動をチェックすることが重要になります。
筆者はJICA専門家として、中近東のバーレン王国とサウジアラビアでカイゼン普及の支援をしました。バーレン王国商工業省の場合、カイゼンを基軸とする「生産性向上運動」を開始する直前、商工省の全スタッフが有名ホテルに大臣招待の昼食会に参集し、その席上、大臣から生産性向上運動の開始宣言がなされ、テレビ、新聞で報道されました。
サウジアラビアでは、SASOとKFMCのカイゼン運営委員会が、同じ日時に全従業員へメールを送達、カイゼン活動開始のトップ宣言が告知されました。これを契機に、カイゼン運営委員会の指導のもと、グループ別に編成された従業員は、JICAコンサルタント(3人:筆者は総括)が作成した教材で研修を受けた後、カイゼン活動に入りました。スタッフ個人ベースのカイゼン活動ではカイゼン提案書の提出が義務付けられ、グループ活動では「QCストーリー」が作成されました。これらの活動の指針として、筆者は「カイゼン活動規則」と活動展開のチェックリストを策定しました。これらに基づき、両組織のカイゼン運営委員会の了承のもと、JICAコンサルタント・チームはカイゼン活動を指導しました。その規則に例示したカイゼン提案「評価基準」モデルの一つを図4-3にて記します。

バーレン王国「5日間品質管理基礎コース」
バーレン王国商工業省顧問をしていた当時に開催した「5日間品質管理基礎講座」で使ったQCツール例を以下にご紹介します。本講座では、ヒストグラム、管理図、散布図を50個のデータ(計量値データ)を使い、グラフ用紙に手作業で作図してもらいました。
講座最終日のテストでは、公式を与えず、これらのツールをグラフ用紙に作図のうえ、データから読み取れる状況の説明をしてもらいました。70点以上獲得した者には、商工業省次官から署名入り合格証を授与してもらう評判の良い講座となり10回実施しました。
- パレート図、2. ヒストグラム、3. 散布図、4. 管理図、5. 特性要因図、6. 親和図、7. 連関図の事例を掲げます。これらは当該講座で使用されたものの一部です。


サウジアラビアでのカイゼン普及活動の成果発表
SASO/KFMC合同カイゼン発表会が2018年2月28日、Intercontinental Hotelの大会議場で開催されました。 SASO、KFMCのカイゼン運営委員会は、グループ活動「QCストーリー」評価基準に従い評価した結果に基づき、それぞれ3つの優秀グループを選定して、この発表会に備えました。発表者は、各自20分の制限時間内で発表を完了させるべく練習を重ね、共同カイゼン発表会の直前にはトップマネジメントの前で事前に発表しました。発表当日、全てが予定時間通りに進行し、盛大なイベントは完了しました。

SASOでのカイゼン活動終了時にカイゼン運営委員会副委員長から「カイゼン活動参加者の仕事に対する意識が変化してきている」ことが指摘され、また、KFMCカイゼン運営委員会委員長からも「カイゼン活動参加スタッフの仕事に対する態度が良い方向に変わりつつあり、またカイゼン活動に参加していないものからもカイゼン活動を実施したいとの意見がでている」との指摘がありました。
以下に、筆者の作成したカイゼン規則の章建てのみをご紹介します(原文の英語を和訳)。今、このルールを読み返すとき、生成AIの時代でも価値があることに確信が持てました。


おわりに
筆者は、本連載ですでにご紹介したように、JICA専門家としての活動を2000年1月から断続的に続け、2018年3月をもって、その幕を下ろしました。最初の活動は、バーレン王国商工業省に対するTQM普及とカイゼンを中核とした生産性向上運動の支援でした。そして最後の活動は、サウジアラビアのSASO(サウジ標準化公団)およびKFMC(ファハド国王記念病院)に対するカイゼン普及の支援でした。
振り返れば、中近東の地でJICA専門家としての歩みを始め、その地で任務を終えたこと、及びTQM/カイゼンの普及指導で始まり、その指導で終幕したことに感慨深いものを感じます。もちろん、そのことを意図したわけではありません。これで専門家としての歩みを終えるよう、天の采配によって導かれたのではないかと思われます。最後にふさわしい舞台を用意するかのように、目に見えぬ大きな力が働き、中近東での仕事納めの場を整えてくれたのでしょうか。
両国の官公庁では、実務上は英語が広く用いられていたため、アラビア語を使用する必要はなく、すべて英語で業務を行うことができました。バーレンでの3年間の滞在中、金曜・土曜の休息日に1週間分の食料や日用品の買い出しに市場やスーパーマーケットを訪れましたが、インド、パキスタン、フィリピンなどからの出稼ぎ者が多く、英語で日常生活の用が足りたことから、アラビア語は挨拶表現のみを覚えただけです。今にして思えば、アラビア語の習得に力を入れるべきだったと悔やまれるところです。
外国語に関して言えば、カザフスタンとウクライナにJICA専門家として、3年以上駐在したことになりますが、英語を駆使できるロシア系のスタッフと一緒に仕事をしていた関係で、ロシア語も日常生活ができればよいとのことで真剣に学習しなかったことが悔やまれます。アラビア語もロシア語も、英語、ポルトガル語、スペイン語とは全く関連性のない言語であることから、単語が覚えにくいこと、文法が複雑であることから手が付けられなかったと言ってよいでしょう。ロシアのウクライナ侵攻終了後には、戦後復興支援でJICAプロジェクトが数多く計画されるのではと勝手に思い込み、昨年末からNHKラジオ放送でロシア語の勉強を開始しました。動詞の活用の複雑さはもちろん、名詞、形容詞も変化するので、高齢者が立ち向かうには難しい言語だとつくづく思いつつ挑戦を続けています。ポルトガル語も忘れてきているので、毎日ラジオ講座の聞けるスペイン語の学習を昨年から始めました。NHKのラジオ放送(「らじるらじる」)で同じ表現を何度も聞き返すことができるので重宝しています。
話しを元に戻します。JICA専門家として第一歩を踏み出した2000年1月10日当時、筆者は55歳でした。JICA専門家活動を終えたとき75歳でした。この20年の間に、JICA専門家活動以外の海外活動として、3年弱の期間、某大手外食企業に役員として勤務し、そのブラジル現地法人を立ち上げ、チェーン店舗活動展開の基盤を構築しました。その第1号店舗の開店状況が現地新聞にて報道され、今もインターネット上で見ることができます。
またEBRD(欧州復興開発銀行)成長戦略プログラムのシニア・アドバイザーとしてタジキスタンのサモサ製造・チェーン店舗運営企業を1年間に5回程、現地訪問し、ご支援する機会を得ました。1年間の指導結果、社長から売上高が1.8倍になったと喜んでいただけました。
これらの外食企業への指導機会を得たことは、外食企業運営に関わる知見を獲得できるなど、私の自己啓発への大きな機会となりました。鉄鋼会社勤務では産業資材(鋼管類)の輸出と製鉄技術の輸出を経験しましたが、海外との交渉力を磨き、輸出契約書の書き方などを習得できたものの、いわゆるマーケティング(「消費財マーケティング」)の知見を獲得できていませんでした。
外食企業経営に関与したことで、消費財マーケティングを実地に勉強できました。特にチェーン店舗事業運営に関する知識を得ることができたことは大きな収穫でした。この経験を踏まえて、神奈川県中小企業診断協会メルマガの2025年6月配信用に「飲食店経営」に関する投稿をしました。
筆者は、今年(2025年)、81歳になります。人生スローガン「常に挑戦、百歳まで」を元気に貫き通すため、自己啓発を続けることで、ほどよい緊張感を保ちつつ、健康に留意し、配偶者と共に生活を楽しんでいこうと思っています。
最後になりましたが、4回連載投稿の機会を与えていただいたことに対して、神奈川県中小企業診断協会に厚くお礼を申し上げます。診断協会の会員のどれだけの方々が、拙稿をお読みいただけたか、あるいは関心をお持ちいただけたかを知る機会があればよいのですが。少しはお役に立てたことを祈るばかりです。
【玉井 政彦】
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