連載企画 神奈川から世界を見据えるキラボシ企業(1)
はじめまして。安田幸一と申します。日本工業大学専門職大学院の養成課程を2026年3月に修了し、5月に診断士登録を行いました。商社の繊維部門で繊維原料から製品までの国内外ビジネスを経験した後に、アパレル小売業に転じ海外市場の開拓、サプライチェーンの構築を行ってきました。
今回から、神奈川から世界を見据える企業を4回の連載で執筆をします。代表者に直接インタビューを行い、海外展開に関心のある方々に参考になるような話題を掘り下げてお伝えしていきます
■取材先概要:株式会社K産業
県央地域で精密板金塗装を手掛ける。2010年代からベトナムへ本格進出。「日本=少量試作」「ベトナム=量産・データ作成」という役割分担を整理し、現在は現地第2工場の建設など、次世代への事業承継を見据えた基盤づくりを進めている。
■進出の背景と「国際分業」のねらい
国内で多品種少量化が進み、職人技を持つ人材の確保も難しくなる中、K産業の2代目・F社長は経営の可能性を海外に見出しました。まず2010年にベトナムのダナンへ設計拠点を設立。現地での手応えや人脈の広がりを受け、2013年にはホーチミンに製造工場を立ち上げました。「日本の品質を、現地のコスト感で提供する」を目指し、国内拠点は試作品や数個単位の対応、ベトナム拠点は100〜200個規模の量産対応と、強みを生かした役割分担を整えたのです。
■立ち上げの壁と、国内金融機関の手厚い支え
しかし、実際の進出は一筋縄ではいきませんでした。工場建設に必要な許認可の取得が難航し、予定より2か月半も遅れてしまいます。その間も家賃や人件費などの固定費は発生し続け、資本金が底をつく寸前まで追い詰められました。このピンチを救ったのが、日本のメインバンクをはじめとする金融機関でした。現地での借り入れは金利が高いため、日本の金融機関から低利で融資を受け、それを親会社から現地法人へ貸し付ける形をとることで、資金ショートの危機を乗り切ることができました。
■現場で直面したトラブルと、泥臭いリスク管理
工場が無事に動き出してからも、文化や商慣習の違いによるトラブルが続きました。信頼して任せていた現地責任者が無断で競合会社を設立したり、購買担当者が取引先から不当な見返り(キックバック)を受け取って材料費が跳ね上がったりと、組織内の問題が相次いだのです。 さらに、頻繁に変わる環境規制や、担当者によって対応が変わる現地行政への対応も重なりました。こうした経験からF社長は「性善説だけに頼らない経営」へ舵を切り、お金の動く最終承認は必ず自ら行うこと、行政や取引先とのやり取りはすべて記録を残すことを徹底し、組織の守りを固めていきました。
■事業の軌道化と次世代へのバトンタッチ
いくつもの試練を乗り越えたベトナム事業は、丁寧なものづくりが評判を呼び、お客様からの紹介で少しずつ拡大。操業から1年半ほどで軌道に乗りました。現場の定着率も非常に良く、勤続3年以上の社員はほとんど辞めない環境が育っています。 現在は敷地内で第2工場の建設が進んでおり、F社長は強固になった事業基盤を次の世代へ引き継ぐ準備を着々と進めています。
■取材後記:支援者としての気づき
海外進出の支援というと、どうしても「事業計画」や「市場性」に目が行きがちです。しかし実際の現場では、許認可の遅れによる資金繰り難や、現地特有の人材・組織のトラブルこそが会社を揺るがす最大の脅威になると痛感しました。 海外進出の支援においては、手続きのアドバイスだけでなく、万が一の資金危機に備えた資金計画や、現場の泥臭い管理体制づくりまで視野に入れる重要性を深く学びました。新人の私自身、経営者の皆様のリアルな悩みに寄り添い、一緒に考えていける支援者を目指してまいりたいと思います。
【安田 幸一】




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