連載企画 バックオフィスを変える小さな改善(1)
私は現在、企業内診断士として高等教育機関の情報システム部門に所属し、バックオフィス領域の業務改善とDX推進を担当しています。その中で、業務改善には日々の小さな活動の積み重ねが非常に重要だと感じています。この連載では、バックオフィス領域で明日から実現できる業務改善のアイデアを紹介します。本稿では、総務領域の業務改善の一つとして、押印業務の見直しを取り上げます。
1.日本の商習慣における印鑑及び押印
日本のビジネスシーンにおいて、印鑑は重要な役割を果たしてきました。法人では会社実印(代表者印)・会社銀行印・会社認印(社印)等が用いられています。それらは、契約・承認・取引において、長らく文書の真正や信頼性を保証・証明するための手段として使われてきました。しかし、時代とともにビジネス環境が変化する中で、この伝統的な商習慣にも変革の必要性が高まっています。事実、国や地方公共団体、金融機関でも押印廃止やデジタル化が進んでいます。例えば、各種通達により*2
見直しが進められ2022年6月時点では、過去に押印を求めていた行政手続きのうち99%以上で押印が廃止されています*3。しかしながら、中小企業ではこれから対応を実施する企業も多い状況です。
2.押印業務を見直す必要性
なぜ押印業務を見直す必要性があるのでしょうか。今回は三つの切り口から考察します。
(1) 業務の効率化と迅速化のため
押印を必要とする場合、物理的なプロセスが伴います。書類の郵送・受け渡し、印刷、押印、返送などが必要となり、手間と時間がかかり業務の効率化や迅速化を阻害する原因となります。
(2) デジタル化推進のため
デジタル化は、収益向上やコスト削減などにおいて重要な施策です。押印は、そのデジタル化の第一歩であるペーパーレス(文書のデジタル化)を阻害し、他デジタルツールとの統合を難しくします。その結果、全体の効率化を遅滞させる可能性があります。
(3) 多様な働き方の実現のため
新型コロナウィルス感染症の流行以降、リモートワーク導入や時差勤務等、多様な働き方が推進されています。物理的な出社機会や対面での打ち合わせは減少しています。押印のためにオフィスに出向く必要がある場合、業務効率が低下します。
3.明日からできる押印業務の見直し
押印業務の見直しで何が出来るでしょうか。具体的に「外部に対して、書類を発行、押印、封入、封緘印を押印し発送する」という業務について、改善の可能性を考えてみましょう。ここでは、ECRS*4のフレームワークで検討します。
(1) Eliminate(排除): そもそも押印の必要はありますか?
法的根拠がなく、社内の慣習やルールによるものであれば、押印の必要性自体を検討しましょう。
(2) Combine(結合) : 押印する書類は他の書類と統合できませんか?
同一業務で複数の書類をやり取りしている場合、他業務プロセスと結合を検討しましょう。
(3) Rearrange(交換): 押印である必要性がありますか?
押印から”署名のみ”にする、封緘印を封緘シールにする等、より効率の良い方法に変更できないか検討しましょう。可能であれば、文書自体をデジタル化しデジタル署名とする、プロセス自体を電子契約システムで実施、も検討しましょう。
(4) Simplify(簡素化): 複数個所に押印していませんか?
真正や信頼性を担保したうえで、1箇所に集約するなどの簡素化を検討しましょう。
4.デジタルツールを用いた押印業務の改善について
3-(3)でもご紹介した、デジタル署名、電子印鑑、電子契約システムについて補足します。近年のデジタル化政策により、日本でも法制度の整備が進んでおり、これらのデジタルツールはビジネスシーンでの認知・活用度が高まっています。
利用には文書のデジタル化が前提となりますが、押印業務にデジタルツールを導入することで、業務の抜本的な見直しが可能です。期待効果としては、書類の処理時間の大幅短縮があります。ある企業が契約を”紙文書と押印”から”デジタル文書と電子契約システム”へと移行した結果、契約にかかる処理時間が従来の半分に短縮され、出社の必要がなくなり、営業部門や総務部門のテレワークやフレックスタイム制度の導入が可能になったという事例もあります。また、セキュリティの観点で、押印よりも文書の真正や信頼性向上が期待できるという見方もあります。
(1) デジタル署名
デジタル文書に署名者の意思を示すための技術です。紙文書への署名と同様に、文書の真正や信頼性を確認し、署名者の同意を証明します。デジタル署名は暗号化技術を使用して安全性を確保し、署名者の識別や文書の改ざん防止を実現します。
(2) 電子印鑑
物理的な印鑑をデジタル形式で再現した画像です。デジタル署名と組み合わせて利用することもあります。
(3) 電子契約システム
契約書類の作成、送信、署名、管理をオンラインで行うためのソフトウェア・サービスです。デジタル文書で契約を締結し、保存・管理ができます。多くの場合、デジタル署名や電子印鑑の技術と組み合わせて実現されます。数多くのSaaSサービスが存在します。
5.終わりに
社会の要請、企業の競争力の強化や働き方改革の観点からも、押印業務の見直しは重要なトピックです。これらの改善には、企業文化の変革、業務フロー・ルールの変更、業界の商習慣や法規制上のリスク回避など、慎重な計画と段階的な実施が不可欠です。特に、デジタルツールの導入を行う場合、組織へのインパクトが大きい改善です。まずは「明日からできる押印業務の見直し」を実施し、その後、デジタルツールの導入を検討するのがよいでしょう。その際、経営層の意思決定・方針を全社的に明示し、総務担当部門(総務担当者)が中心となって積極的に制度・体制作りを推進する必要があります。 しかしながら、中小企業では以下のような課題を抱えるケースがあります。組織上、普段の業務で担当部門や担当者が手いっぱいで推進が難しい、ノウハウがないので何から始めてよいかわからない、デジタルツールの導入をしたいが推進者がいない、費用をできるだけ抑えたいなどです。外部リソースを活用する場合、業務プロセス改善を請け負うコンサルタント企業は高額になることがあります。また、製品の提供ベンダーでは製品導入ありきとなることもあります。中小企業診断士として、中小企業の実情に寄り添った伴走支援が必要だと考えます。
【髙木 明日香】
脚注:
*1 本稿では、「押印」は物理的な印鑑を用いた押印を示します。
*2 内閣府「行政手続における書面主義の見直し方針」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/imprint/i_index.html
*3内閣府「規制改革実施計画関連資料集」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/program/220607
*4 ECRSとは、4つの原則「排除(eliminate)」「結合(combine)」「交換(rearrange)」「簡素化(simplify)」から成る業務改善のフレームワークです。
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