同期診断士座談会(平25会・平26会)
中小企業診断士資格を取得したあと、企業内診断士としてキャリアを積む、独立して一国一城の主として歩んでいく…など、中小企業診断士資格を生かしたキャリアマップは人それぞれです。
そこで、今回は平25会・平26会のそれぞれの同期診断士4名が集まり、中小企業診断士資格が企業内・独立問わずキャリアにどのような影響があったか、率直なお話を伺いました。
(座談会実施日 2026年3月15日(日) 対面にて)
♦座談会メンバー紹介
山之内 謙太郎(やまのうち けんたろう)さん(2013年登録・平25会・独立)
中小会計コンサルティング会社、ベンチャー・リンク、アビームコンサルティングでの勤務を経て独立後、ロジスト株式会社を設立。SAPコンサルタントとして15年以上のキャリアを持ち、エネルギー・広告・製造業界など様々な大手企業でのSAP導入プロジェクトに携わってきた。
現在は代表として、企業規模を問わずITを活用した仕組みづくりを支援し、DXを通じた日本企業の競争力向上に取り組んでいる。また、中小企業診断士として公的機関の専門家派遣として、経営改善やIT関連支援も行っている。

中山 琢水(なかやま たくみ)さん(2013年登録・平25会・独立)
ガリバーインターナショナル(現IDOM)、神戸物産(業務スーパー本部)で約20年間、フランチャイズ加盟店支援や店舗開発業務に従事。2017年に中小企業診断士として独立。現在は保土ヶ谷区で貴金属やブランド品買取店「銀座パリス」FC加盟店を運営する傍ら、信用保証協会や商工会の登録専門家として、店舗ビジネスを中心とした経営改善や販売促進支援を行う。
2店舗目出店に合わせて今年2月に法人化。店舗経営の経験を活かした実践的な支援を心掛けている。

小倉 正嗣(おぐら まさつぐ)さん(2014年登録・平26会・令4会・独立)
株式会社リアルコネクト代表取締役。中小企業診断士。大手建材商社を経て、DELLにてトップセールスとして数々の賞を受賞後、営業マネージャーとしてダイレクトモデル経営に傾倒。アスクルに転じ新規事業開発プロジェクトリーダーとして複数の事業を立ち上げ、メディアに多数取り上げられる。2013年に独立。
法人営業改革と新規事業開発を中心に、現場主義のコンサルティングを展開。セミナー・研修講師としても豊富な実績を持つ。かながわコンテンツ創造研究所「かなコン」・診断士ゴルフサークル「かなゴル」の代表を務める。

石川 久雄(いしかわ ひさお)さん(2014年登録・平26会・企業内)
1998年に横浜銀行へ入行し、営業企画、マーケティング、リスク管理、人事、システムなど本部の要職を横断的に経験。現在はITソリューション部部長として、IT・AIの戦略的活用とガバナンスを主導している。2014年10月に中小企業診断士として登録し、企業支援の専門性をさらに深化。
2025年からは金融IT協会の理事として、金融業界のIT利活用の活性化にも注力している。

-【司会・佐藤】本日はお集まりいただきありがとうございます。皆様お顔見知りかとは思いますが、まずは簡単に自己紹介からお願いできますでしょうか。
-石川さん(企業内診断士):私は1974年早生まれの神奈川出身です。大学では都市計画を専攻していたのですが、公務員試験がうまくいかず、1998年に横浜銀行に入行しました。それからずっと横浜銀行一筋です。営業店勤務は2年半だけで、営業企画、マーケティング、リスク管理、人事、システムと本部で幅広い経験をしてきました。今はシステム系で4年目になり、自行以外と横の連携が必要だと感じて「金融IT協会」にも所属し、業界で新しいことをやっていこうと動いているところです。
-小倉さん(独立診断士):私は1972年生まれで、今年54歳になります。サラリーマンを16年やって、40歳で独立してもうすぐ13年が終わるところです。診断士としての公共の仕事も少しはやっていますが、基本的には「しゃべる仕事」が得意なもので、研修講師やセミナー講師がメインの稼ぎ頭になっています。それをベースに、神奈川県内で65名ほどが所属する「かながわコンテンツ創造研究所(かなコン)」の代表や、50人規模のゴルフサークルの代表もやっています。公的な仕事としては、保証協会の専門家やIDEC横浜の登録専門家なども10年以上やっていますね。
-中山さん(独立診断士):1975年早生まれです。会社員時代は、ガリバーという車買取専門店と、業務スーパー(神戸物産)のフランチャイズ本部でそれぞれ10年ずつくらい働いていました。主に加盟店支援やスーパーバイザーとして店舗をぐるぐる回る仕事、それから店舗開発などを長くやっていました。その後、2017年の12月に独立しまして。以前から自分でも店舗をやってみたいという思いがあったので、銀座パリスという貴金属・ブランド買取店をFC加盟店としてオープンさせました。今は店舗運営に7割の時間を割きながら、残りの時間で保証協会や商工会の専門家として活動する「二足のわらじ」スタイルでやっています。
-山之内さん(独立診断士):1973年生まれです。私は2007年に独立して「ロジスト株式会社」という会社を経営しており、今年で15〜16年になります。元々は大企業向けのSAPなどITシステムの導入に特化していましたが、今は領域を広げて人事や会計も含めたバックオフィス系の業務改善、今で言うDXコンサルをやっています。中小企業向けには、ホームページやECサイトの制作、最近だと採用支援のコンサルなどを事業として行っています。事業拡大のため、一時期は社内に診断士のチームを作ろうとしたこともあったんですが、最近はちょっとワークスタイルを変えようかなと思っているところです。
♦ 中小企業診断士という資格を目指したきっかけ
-【司会・佐藤】:最初のテーマですが、中小企業診断士の資格取得を目指したきっかけを教えてください。
-山之内さん:実は2段階ありまして。大学時代は商学部の会計学科で公認会計士の勉強をしていたのですが、結果が出せず、就職活動もせずにメガネ屋さんでフリーターをしていました。ただ勉強は得意だったので、就職の武器になればと診断士を受けたら1次試験だけ受かったんです。でも、社会経験がないので「経営とはなんぞや」という2次試験の論述が全く書けず、一度は諦めました。
その後、IT企業に入って独立したのですが、リーマンショックのタイミングで大企業からのIT投資案件がピタッと止まってしまったんです。「このまま下請けにぶら下がっていたらヤバい、自社の看板で直接小さな仕事を取ろう」と考えた時に、途中で放置していた診断士資格を思い出し、会社を休職して半年間「養成課程」に通って資格を取得しました。三国志が好きで「軍師(コンサルタント)」に憧れていたというのも根底にはありますね。
-中山さん:私は大学であまり勉強していなかったのですが(笑)、会社員になってFCの加盟店支援や売上アップの支援に携わる中で、仕事がすごく面白かったんです。ただ、もっと体系的な勉強が必要だなと感じて、独学でテキストを買って勉強し始めました。最初は3年かかって1次試験を突破し、その後は働きながら土日に通える千葉商科大学の登録養成課程に2年間通いました。元々は独立するためというより、加盟店支援をする自分自身をレベルアップさせるために目指したのがきっかけです。
-小倉さん:私は最初に入った建設の専門商社の仕事が、決まったエリアを車で回ってカタログを置くだけという、夢に出るくらいつまらない仕事だったんです。あまりにもしんどくて、「人生で1個くらい資格を取ろう」と。自分の脳みそ的に弁護士や会計士は無理そうだけど、診断士なら面白そうだし独立もできそうだと乗せられて(笑)、1999年に1次試験だけ受かりました。
その後、「この資格はキャリアの掛け算にしないと勝てない」と戦略を立て、デルコンピュータやアスクルといった勢いのある当時のベンチャー企業に転職してキャリアを積みました。そして1年間法政大学の大学院(養成課程)に通い、40歳で独立したという流れです。
-石川さん:銀行員にとって診断士は上位ランクの資格で、合格すると手当が出るというのもありました。私は本部に異動してマーケティング担当になった時に、「ちゃんと理論立てて勉強しなきゃダメだ」と思ったのがきっかけです。財務や経済といった科目は銀行業務と親和性がありましたし、元々システムも好きだったので。ただ、2次試験は銀行員でも惨敗する人が多い難しい試験なので、ストレートで受かったのは本当に運が良かったと思っています。
♦ 中小企業診断士の資格を取得して、自身のキャリアで役立ったこと
-【司会・佐藤】:中小企業診断士の資格を取得して、企業のキャリアで役に立ったということはありますか?
-石川さん:銀行の営業店にいた時は、どうしても「いかに自分の融資残高目標を積み上げるか」が最優先の目的になってしまっていました。でも、診断士の勉強を通じて「まずはお客様の売上を伸ばすことが最優先だ」という本質に改めて気づけたのは大きな変化でした。
もう一つは「人脈」です。銀行員は職場の人間とばかり飲みに行きがちですが、診断協会に入って様々な勉強会に参加したことで、サラリーマンとは全く違う多様な価値観を持った人たちと交流できるようになりました。これは非常に大きな財産ですね。
-【司会・佐藤】:独立診断士としてご活躍されている皆さんに質問です。中小企業診断士の資格を取得して、どのように資格を活かされていますか?
-小倉さん:もちろん公的機関(保証協会やIDECなど)の仕事を受ける上では、事実上の独占業務のようなものなので必須です。あと、独立すると意外と寂しいので、パッと振り向いた時に同じような価値観を持った優秀な人たちが潤沢にいる「遊び場(コミュニティ)」が得られたのは最高ですね。
私は診断士の資格のおかげで人生を良い方向に変えてもらい、心から感謝をしています。だからやりたいことは恩返しとしての診断士の地位向上です。私はあえて色々なところで「中小企業診断士」と名乗り、我々の地位や価値をもっと向上させていかなければならないと強く思っています。
-中山さん:私も、保証協会や商工会の専門家登録をする上では診断士の資格が大きく役立っています。また、まだ会社員だった頃に、診断協会の事業再生プロジェクトや、地元の商店街を活性化するプロジェクトに参加できたことが非常に大きかったです。利害関係のない様々な背景を持った方々と一緒に現場の支援を経験できたことが、自分自身も独立してみようと思う後押しになりました。
-山之内さん:私の場合、経営者交流会などによく参加し、港区の若いIT社長などに診断士の肩書の入った名刺を渡していますが、診断士の資格は全く相手の経営者に響かない印象です(笑)。診断士の資格は「最低限のビジネススキルがある」という品質保証にはなっているかなというくらいの位置づけです。私の診断士資格の活かし方としては信用保証協会や公的機関の専門家派遣となります。専門家派遣を通じて、最終的に民民契約をいただくこともあり、自社の本業であるIT活用支援にもつながるケースもあったりします。
♦ 中小企業診断士の活動におけるエピソード
-【司会・佐藤】診断士として活動する中で、一番大変だった経験やエピソードがあれば教えてください。
-石川さん:大変だったというか楽しかった思い出なのですが、有志の若いメンバー4人で集まってコンテストに出たことです。(作品名:先輩!秘密の休憩場所を教えてください! チーム名:神奈川県中小企業診断協会オープンデータPJチーム)として「大和ハウスグループ 物流オープンデータ活用コンテスト」に出場し、なんと最優秀賞(200万円)をいただきました。休日に集まって勉強しながらプログラムを企画するのは面倒な部分もありましたが、社会人になってから皆で一つのものを作り上げて結果を出すというのは、本当に素晴らしい経験でした。
-小倉さん:本業の研修の仕事なのですが、診断士のバックボーンがあったからこそ採用された「JAXA(宇宙航空研究開発機構)」の宇宙基金担当者向け研修が一番大変でしたね。宇宙開発の技術者たちに、ベンチャー投資の理屈や民間企業のビジネスを教えなければならなかったんです。私は宇宙のことなんて全く知らなかったので、3ヶ月間ひたすら『宇宙兄弟』を読んだり、QPS研究所やアストロスケールといった宇宙ベンチャーの研究をして、AIも使いながら必死に研修コンテンツを作り上げました。経産省の出向者や銀行関係者もいる中で、補助金の審査経験や研修スキルがフルに活きた、大変だけど面白い仕事でした。
-中山さん:数字が上手くいっていない企業様の支援が多いのですが、この前初めて、支援していた企業が途中で倒産してしまいました。1年半ほど前から支援し、店舗を閉店したり再生計画を練って、なんとか乗り切りたいと思っていたのですが、最終的に閉店費用の捻出ができずに行き詰まってしまいました。社長がどんどん痩せこけていく姿を見るのは辛かったですし、もっと初期の段階で「これは無理だ」とストレートに言うべきだったのか、違うやり方があったのではないかと、今でも非常に考えさせられる辛い経験です。
-山之内さん:商店街の支援ですね。商店街自体は賑やかな雰囲気で残ってほしいと思うのですが、実際に支援に入ると、大企業のチェーン店ばかりになっていたり、世代交代が進まず組合に非協力的だったりと、構造的な問題が大きすぎるんです。色々とアイデアを捻り出しても、どうすれば根本的に栄えさせることができるのか、自分自身の力では回答が見つかりませんでした。結局、大資本が入ってゲームチェンジが起きるのを止めるのは難しく、商店街支援は本当に難しい領域だなと痛感しています。
-【司会・佐藤】最後に、皆様の今後のビジョンや目標を教えてください。
-石川さん:銀行員として地元・横浜や神奈川を盛り上げるのが私の役割だと思っています。ただ、人口減少で厳しくなる中、中小企業のDX推進やサイバー対策など、銀行だけでは到底対応しきれません。ですので、診断士の皆さんと連携し、地域を盛り上げていくスキームを一つでも二つでも作って動かしていきたいですね。
-小倉さん:私は55歳になったら、今の高単価な研修講師を一旦引退して「サイドFIRE」したいと思っています。そして、紹介制の「焼き鳥屋」をやりたいんです。10人くらいが入る小さな店で、私が焼き鳥を焼きながら、集まってきた経営者や士業の人たちの経営相談に乗る。コンサル屋って事業会社の人から敬遠されがちなんですが、自分で実業(焼き鳥屋)を持っていれば話も早いですし、月に30万円くらい稼ぎながら楽しく支援ができる、そんな「士業焼き鳥屋」をやるのが夢ですね。
-中山さん:実は来月、自身の買取店の2店舗目を出店する予定です。今は人を集めている最中ですが、ここをうまく軌道に乗せて、ゆくゆくは店舗同士を近くに固めたドミナント的な多店舗展開を目指しています。診断士が自ら実業として店舗経営を広げていくという一つのロールモデルになれればと思っていますし、自分の店で実際にやってみて上手くいった施策を、そのまま支援先のコンサルティングに活かしていくというサイクルをさらに回していきたいです。
-山之内さん:生成AIがものすごいスピードで進化していて、補助金の申請書や診断報告書の作成といった、従来の「分かりやすい診断士業務」はどんどんAIに代替されていくと思っています。じゃあコンサルタントとして何が残るのかというと、現場の経営者と直接話をして、実際に業務改善をやり遂げる泥臭い部分しかありません。私はずっとITをやってきたので、今後もただの診断士ではなく、「AIを活用しながら企業の改善支援を現場レベルで伴走する」という、『ITコンサル×中小企業診断士』のポジションをしっかりと確立していきたいと思っています。
-【司会・佐藤】私も現在、社内のDX推進などに携わっていますが、皆様のお話を伺って診断士の今後の役割を改めて考えさせられました。皆様、本日は長時間の座談会、本当にありがとうございました!
最後に集合写真を撮りました!

(左から)石川さん 山之内さん 中山さん 小倉さん
皆さんありがとうございました!
【佐藤 圭】




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