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井上真伯
会長

未来志向でファクトと向き合う 中小企業診断士が今取り組むこと

中小企業の経営状況と今後の予測について教えて下さい
去る3月13日、KIP(神奈川産業振興センター)の令和2年1-3月期中小企業景気動向調査結果が公開された。2月実施の調査ゆえに、新型コロナウイルスの影響を心配する一方、(まだ延期でなかった)オリンピック需要に期待する数値であった。この1年、景況DIはマイナスだが悪化幅は縮まっていた。令和元年5月調査から8月調査の悪化幅は7.6ポイント、11月調査では同じく5.6ポイント、直近の2月調査では同じく1.9ポイントであった。感染拡大の影響が反映される次回調査では相当悪化するだろう。
2月に入って売上の落ち込みが顕著となった。中華街の客足が8割減り出したという話が2月の中頃で、現在も売上の減少に歯止めがかからない。一方、従業員の一時帰休や仕入の抑制は動き始めたばかりで、買入債務が減らない中で、売上債権の減少によりキャッシュポジションは大幅マイナスであろうと予測される。3月1日夕方の安倍首相の記者会見から資金繰り対策が動き出し、翌日以降に申込が殺到しているのはご存じの通りである。市役所等の事前相談でセーフティネットの承認をもらうのに1週間、金融機関での申請面談にまた1週間、審査に既に融資取引がある場合でも1ヶ月、新規の融資取引だと1か月半を要し、融資実行までに2か月かかる状態に陥っている。
こうした動向は、日本商工会議所が3月21日に発表した新型コロナウイルス感染拡大が中小・小規模事業者の経営に与える影響に関するレポートでも示されている。92.1%の企業が、すでに経営への影響が出ていると答えている。具体的には次の影響を挙げている。
・製品・サービスの受注・売上減少、客数減少:72.7%、
・イベント・商談会等の延期・中止に伴う受注・販売機会の喪失:42.5%、
・従業員や顧客の感染防止対策等に伴うコスト増:26.1%、
・サプライチェーンへの打撃による納期遅れ:24.8%、
・資金繰りの悪化:23.1%
全産業合計の業況DIは前月比16.4ポイントの悪化だ。過去最大の下げ幅だ。経営相談内容は「資金繰り」が79%で、業種では「飲食業」(29%)「小売業」(15%)が上位を占めている。

こうした景気動向調査よりも、実際の中小企業・小規模事業者の実態はより悪いと考えるべきだろう。3月末に資金ショートを起こした企業が出ており、4月末、GW連休明けとますます資金繰りが厳しくなっていくはずである。東京五輪延期も決まり、景気浮揚のキッカケが見えない現状を踏まえるなら、月単位の話ではなく、半期とか年単位で厳しい状況になることを覚悟せざるを得ない。
学校の休校や保育園・幼稚園の休業も長引いており、パート労働者が出社できない状況も続いている。普段より少ない人員で回す現場はかなり疲弊しているはずだ。巣ごもり消費でウーバーイーツ等の新サービスが伸びているというものの、オンラインで発注はできても、物流やサービスのラストワンマイルの現場は中小企業・小規模事業者や個人のパート・アルバイトが担っているのが実態であるからだ。
かかる現状から、国が打ち出す施策は必要な全ての方へ届いていないとみるべきだろう。月末に仕入代金が払えないと企業は生き残れない。仕入決済に手形を切っていたら2回の不渡で倒産してしまう。3月末に支払いショートが起きれば、それが『資金繰りの負の連鎖』を生む。具体的には、販売先の売上減で仕入先に仕入代金が払えない→仕入先も入金がないので仕入代金や経費が払えず、給与の遅配を余儀なくされる→従業員やオーナー経営者は給与が入らないと住宅ローンやクレジットカード決済代金が払えない→これらが支払えない間はカードを使った決済ができない…というものである。
では、キャッシュレスはどうだろうか。先日支援先と食事をした店で、使えるはずのペイペイが使えない。機械は故障していないのに使えないと言われた例があった。資金繰りが厳しくなると、1週間後の入金でなく目先の現金が欲しい。店は現金じゃないと売りない…となる。今日の支払をしたいからだ。

東日本大震災の時は、これ以上悪くならない状況で復旧・復興に向けた支援が動き出したが、今回は先が見えない状況が続いている。感染状況が改善されなければ移動制限も始まるだろう。台風19号の時、新幹線・鉄道や高速道路も早めに止めている。自粛で済まなくなると、ダメージはより大きくなる。
日本における感染だけが終息しても、需要は回復しない。モノ作りでもサービスでもすでに国際的に深く水平分業が進んでいるからだ。日常生活の中に影響は広がっていくだろう。
3月に弁護士から聞いた話では、事業者は当面の資金の確保に走っており、今現在の相談は少ないと言っていた。資金が確保しきれなくなり、どうしようもなくなってから相談に来ると。横浜地裁も期日取消を行い、神奈川県弁護士会の対面相談も止まった中、より混乱した状況が起きてくるのだろう。
金融機関は貸せるところには目をつぶって運転資金を貸している状況だ。2年間消費税未納の飲食店にも一千万円貸しているという話を聞いた。とりあえず水を一杯飲ましている感じだ。次はない、大事に使えよということだ。今後も売上が減るのは目に見えている。外出禁止、出社自粛、巣ごもり、クラスター防止で飲食に行けない、外に出ないので服も買わない。4、5月が最初の踏ん張りどころだ。
私たちがとるべき活動の心構えについて教えて下さい
自分がクラスターになるような行動をとらないことは当然だが、中小企業診断士ができることは限られる。あくまで「支援」だ。全世界で売上が減る中で、支援先の営業部員ができないことを私たち一人の診断士が頑張ったからって変わらないし、簡単に答えが出ないことも多いはずだ。
まずは、可能な限りの止血をして、輸血をできるようにすること。売上を少しでも減らさないようにするにはどうすべきか、人員を減らしても仕事を回せるようにするにはどうすべきなのか、一見すると場当たり的な対応になるかもしれないけど、良い方法を一緒に考えて、ひとつひとつ解決することだ。
次に、「寄り添う」ことだ。解決できなくても寄り添うことだ。4月から民法が改正されて、経営者保証の原則解除が進む中でも、銀行はリスケ先でも目をつぶって貸している。社長がサインして借りられるなら借りたほうがいい。奥様のサインで済むなら借りたほうがいい。リスケを何度もしていると、税金を払っていても通常は借りられず、売上が減ると途端に資金繰りに窮する。第三者が連帯保証人になってくれとすがられることもあるかもしれない。
極端な話、「俺が死ねばなんとかなるかな」と思う経営者も出てくるだろう。死んでまで取る責任はない。無責任に未来があるとか、なんとかなるとは言えないけど、できることをやっていきましょうと一緒に歯を食いしばって精神的に受け止めることはできる。リーマンショックの際は、経営者との打ち合わせの後、一緒に焼鳥屋に行って愚痴を聞き、翌朝また頑張ろうという気になってもらうなんてこともあった。会社でカップ酒を酌み交わす…なんてことがあってもいいのではないか。事業者さんのガス抜きをしてあげる感じだ。直ぐに打開策が見出せない中で、彼らを支援する私たちがメンタルをやられないようにするためのバランスのとり方も大事だ。

コンサルごっこでは話にならない。そもそも「中小企業・小規模事業者の経営はしんどいものだ」という覚悟を持って、「診断士の価値」を上げてほしい。私たち自身が本物になる機会だ。他士業は手続こそできるけど、手続抜きで寄り添うことは難しいかもしれない。私たちは独占業務が無い分メンターになれる。愚痴だけを聞いてあげることもできる。とはいえ、間違っていることに起因した窮境状況は非常時であっても救済されないから、支援者として言うべきことは言わないといけない。
こういう時だからこそ支援者として診断士が「真価を問われている」とも言えるだろう。この1年間企業に寄り添えば実力をつけるチャンスになる。社長にだって、人として人に見せたくない姿がある、言いたくなる愚痴がある。そんな社長の隣にいて、あの時話を聞いてくれたなぁという、つかみどころがない貢献だってある。

企業内診断士でも基本はプロコンと同じだ。役所や支援機関から相談は受けないけど、企業内の立場で、診断士として持っている知見を活かしてほしい。サプライチェーン復旧だったり、支援施策や補助金の利用だったり、自分の会社の中でどうすればいいのか考えてほしい。社長は駆け回っているはずだ。社員を休ませるけど補助金どう申請すればいいのか…。だから、施策の知識は持っていてほしい。結果使わないとしても調べておくべきだ。そして、自分の会社の中でできることにつなげてほしい。
自身の周辺の人達を安心させることも大事だ。過剰な情報量や不正確な情報内容に踊らされることが出てくる中で、ひとかどの専門家として、ファクトの分析をして周囲を落ち着かせてほしい。キーとなる人がバタつくと会社が浮つくものだ。診断士は30~50代が多く、ある程度の経験と会社内の立場もあって部下もいる方も多いだろう。上司として、部下やお客様を不安にさせないことが大事だ。診断士の知識や経験を活用して、できることが限られる中で、最善を尽くす。持ち場でベストを尽くすことを忘れないでほしい。
プロボノとして活動をすることもある。本業を投げうって相談員に手を上げるということではなく、本分を尽くすこと。その上で、診断士であることで人とは違う部分を発揮してほしい。そうした時に横のつながりが生きてくるはずだ。
診断士の横のつながり・ネットワークは、普通に企業に勤めている人は持っていないものだ。ライバル会社の人とでも、プロコンとでも情報交換をしてほしい。同期会や登録グループの場も上手く活かしてほしい。診断士は他士業に比べても横のつながりがあるので、その情報を活かしていただきたい。
私たちが将来に向けて取り組めることを教えて下さい
行政機関も現場が大変なことになっているのはわかっているが、いろいろなことが未整備で動けていない。社会的要請として、国家資格者団体として、協会は相談があったモノは受けたいと思っている。協会自身がやれることは限られているが、目先の資金調達の後、私たちの真価が問われるのは復旧・復興支援の時だ。その動きの中で我々の出番が出てくるはずだ。世の中に貢献しないといけないとして、自分たちがどこまでやるべきなのか、やってはいけないのかをはっきりさせていきたい。
気持ちが後ろ向きになりがちな時だからこそ、前進して、松明を点けていく役割が必要だ。今回は、特定の業種に復興需要があって伸び始めることは考え難い。東日本大震災の際は建設業から復旧・復興をキッカケに回復していったが、新型コロナウイルス感染症が終息するとしたらどの業種が伸びるのか、その時に考えるのでは遅い。そういう研究は今現在すべきことかもしれない。出口戦略、スタートダッシュのアクションプランを考え始めておくことは大事ではないか。非常時から平時に移行する時の手の付け方や動き方を考えておくことだ。
そうしてまとめた成果物を協会にお示しいただき、相応な内容と認めうるならば、協会として県に政策提案することもできよう。会員が考えたことを協会で取り上げてWEBに載せたり、同期会の中でいろいろな横のつながりを活かして考えたりするのもよい。世の役に立つとはそういうことではないか。